なぜ「THE ESTEE EDIT」は撤退したのか?ミレニアル世代向けマーケティングの成功・失敗事例から学ぶ戦略転換の鍵
公開日:2018.01.23更新日:2025年7月24日
目次
ミレニアル世代マーケティングの戦略と課題:エスティローダー事例から学ぶ
はじめに
ミレニアル世代(1980年代後半〜1990年代後半生まれ)は、デジタル技術とともに育った「デジタルネイティブ」として知られ、現在では消費・就業の両面において社会の中心層を形成しつつある。企業にとっては、この世代をどう理解し、どうアプローチするかが大きなマーケティング課題となっている。
本記事では、グローバル化粧品企業「エスティローダー」の実例を通して、ミレニアル世代向けのマーケティング施策がどのように成功し、また失敗したのかを紐解く。M&A戦略によるブランド買収、そして短期撤退に至った自社ブランドの行方──。その戦略判断の背景から、現代のマーケティングに必要な「世代理解」と「チャネル戦略の最適な設計」について実務的な視点で解説する。
ミレニアル世代を理解する重要性
ミレニアル世代とは?
「ミレニアル世代」とは、1980年代後半から1990年代後半に生まれ、2000年代に成人した世代を指す。この世代は、物心がついた頃からインターネットやスマートフォンに囲まれた生活を送り、検索やSNSを通じた情報収集やコミュニケーションが日常の一部となっている。
ミレニアル世代の特徴(マーケティング視点)
マーケティング戦略を考える上で、ミレニアル世代の消費特性には以下のような特徴がある。共感を重視する価値観として、ブランドの理念やストーリーに共感し、モノよりも体験に価値を見出す傾向が強い。ソーシャルメディアが購買行動に直結する点では、Instagramなどで見かけた商品を「気になったらすぐ調べ、買う」というスピード感を持つ。多様性・持続可能性への関心として、企業の社会的責任(CSR)や持続可能性への姿勢も選定基準となる。情報の選別力が高く、一方的な広告より、ユーザーの声やレビューを重視する。
こうした特徴を踏まえると、従来のマスマーケティング手法ではアプローチしきれない点が多く、より双方向的で「自分ごと」として捉えやすい設計が求められる。この世代は情報に対する感度が高く、企業の発信する内容が自分たちの価値観と合致するかどうかを敏感に察知する。そのため、表面的なデジタル対応だけでは響かず、本質的な理解に基づいたアプローチが不可欠だ。マーケティング担当者は、この世代の行動パターンや価値観を深く理解した上で、戦略を立案する必要がある。
エスティローダーの戦略転換とマーケティング手法
百貨店チャネルからの転換:背景にある流通構造の変化
エスティローダーは、1946年に創業された米国発の化粧品メーカーであり、クリニークやMACといった著名ブランドを展開するグローバル企業だ。これまで長らく、同社の主力チャネルは百貨店を中心としたリアル店舗だった。
しかし、米国の大手百貨店Macy’sが2016年に全米で約100店舗の閉鎖を発表し、2017年にかけて段階的に実施したことで、従来型のリテール構造には大きな変革が生じた。これにより、エスティローダーの販売基盤そのものが揺らぐこととなる。
この状況に対し、当時CEOであったファブリツィオ・フリーダ氏は危機ではなく「戦略的な機会」と捉えた。彼は、デジタルネイティブ世代に対して従来の販売手法ではリーチできないという認識を持ち、オンラインチャネルやSNSを活用したマーケティングへの転換を明言する。
ミレニアル世代をターゲットに据えたM&A戦略
エスティローダーは、マーケティング戦略の中心にミレニアル世代を据え、従来のブランド開発とは異なるアプローチに舵を切った。その象徴的な施策が、BeccaやToo Facedといった若年層に人気の高いブランドの買収である。これらのブランドはInstagram上で強い影響力を持ち、たとえばToo Facedは当時950万人以上のフォロワーを抱えていた。いわゆる「ソーシャル・ネイティブ・ブランド」として、オンライン上での共感形成力とビジュアル訴求力に長けていた。
エスティローダーは、彼らを単に商品のポートフォリオに加えるのではなく、新たなデジタル戦略の軸として取り込んだという点で、M&Aの意図が従来とは異なるものだったといえる。この戦略転換は、単なる商品ラインナップの拡充ではなく、デジタル時代における顧客との接点構築を目的としたものだった。買収したブランドが持つSNS上でのコミュニティやエンゲージメントの高さこそが、エスティローダーが求めていた資産だったのである。
失敗事例:THE ESTEE EDITの撤退理由
自社開発ブランドの短期撤退という異例の決断
エスティローダーは、ミレニアル世代向けブランドとして2016年にTHE ESTEE EDIT(エスティエディット)をローンチした。ソーシャルメディアでの発信や、セフォラ(Sephora)などのチャネルを活用しながら、若年層へのアプローチを狙った意欲的なブランドだった。しかしながら、同ブランドはわずか1年で撤退を発表。業界でも異例のスピードでの撤退劇は、大きな波紋を呼んだ。公式発表では「初年度の売上が目標を大きく下回ったこと」が理由とされたが、その背景にはより根本的な戦略の問題があったと考えられる。
比較:買収ブランドとのマーケティング構造の違い
THE ESTEE EDITと、買収ブランドであるBeccaやToo Facedとの最大の違いは、ブランドとユーザーのつながり方にある。THE ESTEE EDITは大手企業による「デジタル対応」型ブランドで、デジタルマーケティングを「手法」として後から加えた印象が強かった。一方、Too FacedやBeccaは、SNS上で自然発生的にコミュニティを形成し、ブランドそのものが「共感」を前提に構築されていた。
いわば、THE ESTEE EDITは「デジタルイミグラント」企業による戦略設計であり、ミレニアル世代との感覚的距離を埋めきれなかった。逆に、買収ブランドは「デジタルネイティブ」によるブランド設計であり、最初からSNS中心に最適構築されていたとも言える。
「選択と集中」の意思決定とブランドの競合
もう一つの要因として考えられるのが、カニバリゼーションの回避だ。THE ESTEE EDITと買収ブランドはいずれも同じターゲット層を狙っており、社内での競合(ブランド内競争)が発生していた。経営判断としては、「既にSNS上で高いブランド力を確立している買収ブランドに集中すべき」と判断し、自社ブランドを潔く撤退させたとも捉えられる。これは単なる撤退ではなく、選択と集中による経営資源の再配分と考えると、非常に戦略的な決断であったと言えるだろう。この決断は、短期的には失敗に見えるものの、長期的な企業価値の向上を目指した合理的な判断だったと評価できる。
考察:ブランドは「誰が作るか」で伝わり方が変わる
デジタルネイティブとデジタルイミグラントの視点の違い
THE ESTEE EDITの撤退事例は、「良い商品を作れば売れる」という前提が、デジタル時代のマーケティングでは通用しないことを示している。とりわけミレニアル世代のような情報感度の高い層においては、「どんな会社が」「どのような文脈で」その商品を出しているのかが、ブランドの評価に大きく影響する。
この背景には、発信者の「デジタル理解度」が密接に関わっている。デジタルネイティブ企業(Becca、Too Faced)は、SNS文化の中で自然に育った企業であり、「ユーザーと同じ目線」で語り、共感を得る力がある。一方、デジタルイミグラント企業(エスティローダー本体)は、従来のマスマーケティング発想から脱却しきれず、「使いこなしているようで、実は外から借りた言語」で語ってしまう傾向がある。
つまり、ブランドとは単に商品や広告のデザインだけでなく、発信者の立ち位置や温度感も含めて伝わる総合体験であるということができる。
マーケティングにおける「発信主体」の信頼性が持つ意味
エスティローダーは長年にわたり、ラグジュアリー層や百貨店ユーザー向けに強いブランドを築いてきた。しかし、ミレニアル世代の価値観とは、時に相容れないこともある。そのギャップを埋めるには、ただ新しいブランドを立ち上げるだけでなく、発信の方法・文脈・共感形成の仕組みそのものをゼロから再設計する必要がある。Too Facedのような既存コミュニティを持つブランドを買収することは、そうしたリスクを軽減する有効な戦略だったと考えられる。
これは、単なる「商品戦略」ではなく、ブランド発信者としての「企業の在り方」そのものを問われる時代に入っていることを意味する。現代の消費者は、企業の本質的な姿勢や価値観を敏感に察知し、それがブランド選択の重要な判断材料となっている。表面的な対応では通用せず、企業文化レベルでの変革が求められているのだ。
マーケティング担当者が学ぶべき3つの視点
今回紹介したエスティローダーの事例からは、デジタル時代におけるブランド戦略の本質が見えてくる。特にマーケティングや商品企画に関わる実務者にとって、以下の3点は今後の施策設計において重要な示唆となるだろう。
① チャネル戦略の再設計
従来のように、販売チャネル=リアル店舗という構造はもはや当たり前ではない。ミレニアル世代にとっての購買導線は、「SNS → 共感 → 検索 → 購入」というデジタル起点で完結する場合が多く、チャネル戦略そのものを見直す必要がある。ブランドごとに「どのチャネルが最も効果的か?」をゼロベースで再設計する姿勢が求められる。
特に重要なのは、単一チャネルではなく、複数のタッチポイントを連携させたオムニチャネル戦略の構築だ。消費者は一つのチャネルで完結せず、複数の接点を経由してブランドと関係を築く。そのため、各チャネルでの体験を一貫させながらも、それぞれの特性を活かした最適な設計が必要となる。
② ブランド開発 vs ブランド連携の判断基準
自社ブランドをゼロから開発するのか、それとも既存ブランドと連携/買収するのか。これは単なる資金や期間の問題ではなく、そのターゲット層と「共感できる言語を話せるかどうか」という視点で判断すべきだ。もし自社にその感性や接点がないのであれば、無理に内製せずに「共感資産」を持つ外部ブランドと組む方が、結果として費用対効果が高くなる可能性もある。
この判断においては、自社の企業文化やブランドDNAと、ターゲット世代の価値観との距離を客観的に評価することが重要だ。距離が大きい場合は、内製よりも外部パートナーとの連携や買収を検討する方が現実的である。
③ デジタル時代の「共創型マーケティング」への移行
SNS時代のブランドは、もはや企業だけのものではない。ユーザーの発信、共感、シェアによって価値が拡張・変容していく「共創型マーケティング」へと移行している。マーケティング担当者には、従来のように一方通行でメッセージを設計するだけでなく、「顧客と一緒にブランドを育てる視点」が求められる。ツールを使いこなすだけではなく、「そのツールで何を共に生み出すのか?」を描けることが、次世代マーケティングの鍵となるだろう。
この共創の仕組みを構築するには、企業側が一定のコントロールを手放し、ユーザーに創造の余地を与える勇気も必要だ。完全にコントロールされたメッセージよりも、ユーザーが自分なりに解釈し、発信できる余白を残すことで、より強い共感とエンゲージメントを生み出すことができる。
まとめ:ミレニアル世代と向き合う戦略的視点
エスティローダーがわずか1年でTHE ESTEE EDITを撤退させた事例は、単なるマーケティングの失敗ではなく、企業の文化や組織構造とターゲット世代との相性のズレを浮き彫りにした。一方で、BeccaやToo Facedのように、ミレニアル世代と共に育ち、SNSを活用した共感型ブランド戦略に成功している事例もある。
この差は、「どのような戦略を立てたか」よりも、「誰がどの視点で、その戦略を担ったか」という点に集約される。つまり、現代のマーケティングは発信する手法ではなく、発信する存在そのものがブランド価値に影響を与える時代に突入している。
ミレニアル世代向けマーケティングで求められること
SNSや動画などの手法を手段として扱うだけでなく、そのチャネルを自然体で使いこなす組織体制・文化があるか。単なるデジタル施策ではなく、ユーザーとの共創関係をどう築けるか。世代ごとの価値観を理解した上で、マーケティング戦略だけでなく、組織構造・パートナー選定までも統合的に設計できるか。このような総合力が、これからのブランド戦略には求められる。
最後に:変わり続ける世代に、変わり続ける企業であるために
ミレニアル世代、Z世代、その先に控えるα世代——世代は移り変わる。しかし、いずれの世代においても本質的に求められるのは、「共感」と「参加の余地」だ。テクノロジーや流行は変わっても、それをどう捉え、どのように語るかは企業の姿勢に表れる。マーケティング担当者として、戦略や施策だけでなく、「企業としての発信力・柔軟性」を日々問い直す姿勢が、長く選ばれるブランドを育てていく鍵となるだろう。
フィンチジャパンからのご提案|ミレニアル世代向けマーケティング戦略の設計にお悩みの方へ
私たちフィンチジャパンは、2006年創業以来、400件を超える新規事業の立ち上げと事業成長を支援し、また150社以上の既存事業の再成長支援、DX/AI推進、経営戦略の立案・実行支援を行ってきた。
こんなお困りごとはないだろうか。Z世代・ミレニアル世代向けのブランド戦略に手応えがなく、施策が共感につながらない。SNSやデジタルチャネルを活用しているが、「手段」にとどまり効果的なブランド体験が設計できていない。自社ブランドと買収ブランドのすみ分けや連携方針に迷っている。
私たちフィンチジャパンは、一例として以下のようなコンサルティング実績がある。新規事業の立ち上げを検討される際はご相談いただきたい。
・化粧品メーカーL社:予防市場の新サービス開発を1年間支援
・化粧品メーカーD社:研究開発プロセス改革を約1年で実施。
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ミレニアル世代・Z世代向けのブランド戦略設計や、共感を生み出す仕組みづくりに課題を感じている方は、ぜひお気軽にお問い合わせいただきたい。私たちとともに次の当たり前を形ににしていこう。
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この記事の監修者

株式会社フィンチジャパン 代表取締役
早稲田大学大学院を修了。
野村総合研究所経営コンサルティング部入社。
経営戦略・事業戦略立案に関するコンサルティングを実施。
2006年に当社を創業し現在に至る。
以来、一貫して事業開発プロジェクトとスタートアップ投資を行っている。
対外活動も積極的に行っており、顧客満足を科学した結果を発表したり、宣伝会議講座では事業開発の講義も実施している。
出版
PR Times記事
『https://prtimes.jp/main/html/searchrlp/company_id/53478>』
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