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INTERVIEW

瀬戸内海豊島から世界に通用するIoMTのモデル作りに取り組む「瀬戸内カレン」

山口 典男氏

Haruo Kaneko
PSソリューションズ 事業本部長

日本トップクラスの現代アートの祭典となった 「瀬戸内国際芸術祭」。3年に1度開催されていて今年は3回目となる。2010年、2013年と回を増すごとに観光客数は急増。英語のガイドブックも発刊されており、海外からの訪日観光客も増えている。来場者は瀬戸内の12の島と2つの港が舞台となっている瀬戸内海の島を巡りながら鑑賞する。その芸術祭の舞台となっている島の一つ豊島(てしま)で、PSソリューションズ、ソフトバンク、日本オラクルが、地元と連携しながらIoT搭載のレンタルバイクサービス「瀬戸内カレン」を開始した。事業はPSソリューションズが運営しており、今回は現地での取り組みについて事業本部長である山口氏と店長の暮石氏にお伺いした。

目次

―豊島(てしま)で行っている「瀬戸内カレン」の名前の由来と事業について教えて下さい。

「瀬戸内カレン」では、豊島(てしま)を訪れた観光客を対象に電動スクーターと電動アシスト自転車を有料で貸し出すサービスを提供しています。今は、芸術祭の真っ盛りで貸し出す物がなくなるほどに大盛況です。 「瀬戸内カレン」という名前はこのサービスを始める前からずっとつけたいと思っていました。メルセデスもオーストリア人の女性の名前でしょう?そういう親しみが持てる名前にしたかったので、私が大好きなカーペンターズから拝借して、「瀬戸内カレン」としたのです。
電動スクーターのレンタル費用は、1日乗り放題プラン(8時半~17時)で3,700円、ラクラク半日プラン(午前または午後)で2,800円です。電動アシスト自転車は1日乗り放題で1,800円※。島の他のレンタルバイクより少し高く設定しているのは、既存の産業と競合しないためです。 ※いずれもWeb割引後。2016年8月取材時。 ただ、電動スクーターのレンタルを手がけているのは当店だけですから、電動スクーターに関してはオンリーワンですね。ガソリン代もかからず1日乗り放題ですから割安だと思います。満充電での走行距離は34kmですが、島1周が約20kmなのでよっぽど色々動き回らない限り必要十分な容量です。

―なぜ、豊島という場所を選んだのですか。

私たちは、2013年に国交省の「超小型モビリティの導入促進事業」の実証実験として、ここ豊島で自治として土庄町、ベネッセ、ソフトンバンク、電気自動車普及協議会(APEV)の4団体により、日産自動車の二人乗りの超小型モビリティのレンタルサービスを行った経緯があります。結果として大当たり。特に芸術祭の夏会期はまったく空きが無いほどに大盛況でした。 実証実験が2014年3月末で満了し、解散しましたが、この実証実験から私たちは自動車とは違う取り回しの良いコンパクトな電気の乗り物にも潜在ニーズがあることを発見したのです。シリコンバレーにあるテスラモーターズが、500km以上も走る、重くて大きな電動自動車を販売していますがあれは大陸型の発想です。坂道が多くて道の狭い島の様な土地では小型のモビリティにも合理性があると思いました。 そこで事業化しようということになり、隣の直島や他地域も色々と検討したのですがなかなか思う様に進まない中で、暮石さんとの出会いがきっかけで、この豊島での事業化にたどり着いたのです。

―暮石さんとの出会いが大きいというのはどういうことですか。

豊島は1週約20kmと距離もあり、かなりの急坂も多いので、歩くのは無理だし自転車でも一苦労。巡回バスもありますが小回りが利かない。ですから電動スクーターの様なモビリティのニーズはあることはわかっていました。先の実証実験でも活況でしたし。でもいざ商売としてやろうとすると「これ以上の交通手段は要らない」ということで営業所となる場所も見つけられない状況でした。 確かに繁忙期の今は、小豆島から大型ディーゼルバスをチャーターして巡回させているので交通手段は増えています。しかし、過去に産業廃棄物の不法投棄注1)で問題になった経緯もあるから、環境に優しい電動自動車の方がマッチするのではと確信していました。 そんな矢先に、暮石さんと出会うことができ事業化に向けて大きく前進しました。ここの営業所の場所も暮石さんの親戚の方からお借りしていますし、私たちの事業運営の意義について島の方々に説明いただいているのも暮石さんです。暮石さんがいなければ立ち上げられなかったと言っても過言ではないと思います。現在、暮石さんに「瀬戸内カレン」の店長をお願いしています。

―暮石さんに率直にお聞きしたいのですが、なぜ一緒にやろうと思ったのですか?

私はこの島出身ですが実はつい数年前まで豊島を離れていました。豊島は農業などで生計を立ててきましたがこれという産業もありませんので、息子は東京に、娘は大阪に就職しているという家がたくさんあります。すでにご覧になったと思いますが島を回れば空き家だらけなのはその理由です。芸術祭目的で島に来る人が増えてきたとはいえ、いずれ豊島は消滅するのではと懸念していました。 それでも産業廃棄物の問題もあったから工場を建てるということになると、島の人たちは「冗談じゃない」と反対します。でもこのままだと豊島は人も仕事も無くなり終わってしまいます。だから私は年配の人たちに「このまま終わっていいのか。」という話をしています。そして孫の一人や二人に「豊島に雇用があるぞ!と声をかけたくないか?」と言っています。 確かに芸術祭をきっかけにして観光客が増えて商売ができるとっかかりまで来ていると思います。だから最初はビジネスではなくて実験でもいい、個人や一事業者が儲かるのではない地域振興につながるやり方が実現できる、モデルルームの様な島になればいいと思っています。 だから「瀬戸内カレン」の事業は渡りに船だったのです。「豊島の事を好きになる人が増えて、安定的な収入が得られる」ことができるなら、それだけで企業は大きな存在です。豊島にも若者は多少いますが、「自分たちだけで何かやれ」と言われても正直できません。だから最初は企業の力を借りながらでも形になっていけば自信にもなるし、やればできる、頑張ろう!と皆で盛り上げてできるはずです。 私は今、「瀬戸内カレン」をしながら、実家をリフォームして始めた、民泊を経営しています。自分が豊島で民泊を経営し電動スクーターのレンタルの責任者をやるなんて想像もしていなかった(笑)。しかもAirbnbに登録したことがきっかけで、現在は9割以上が外国人観光客です。豊島の魅力は海外にも通用することを、身をもって実感しています。

―貴重な出会いがあって「瀬戸内カレン」が始まったのですね。でもそもそも、なぜPSソリューションズが、レンタルバイクのサービスを展開しているのですか?

一見するとそう思いますよね(笑) 私たちがレンタバイクを手がけている背景には、ソフトバンクの新規事業提案制度から始まった、「誰が、何に、いつ、どこで、どれだけ」充電したかを把握することができるエネルギートランザクションエンジンの「ユビ電」を開発したことにさかのぼります。 今の電気は場所に紐づいてメーター単位で料金を支払うのが常識ですが、「ユビ電」では電気利用を個人単位にしようと発想です。「ユビ電」があれば、どのコンセントから誰のどの端末にどれだけの電気を転送したかがわかりますので、携帯の通話料の様に個人に紐づけて電気も使える様にしようということです。この「ユビ電」という新しい電力供給インフラをどうやって市場に普及させていこうか、というのが私たちのスタートでした。

―その試行錯誤の末、電動スクーターにたどりついた?

手軽に一定量の電気を使い、しかもパーソナルニーズがあるデバイスとなるとスマホやパソコンですが使用電力量が少ないし、電気自動車では多すぎる。今だと電動スクーターが一番しっくりきます。今後はもっと様々な電動モビリティが出てくるでしょうからその時は電動スクーター以外にも選択肢が増えていくでしょうね。 私は、電動スクーターの様に動くものと動かすエネルギーがインターネットにつながる時代をIoTになぞらえてIoMTの時代と呼んでいます。Internet of Moving Thingsの略です。

―IoMT(Internet of Moving Things)。新しい概念ですね。どういう仕組みなのか教えて下さい。

この電動スクーターには固有のIDを発信する発信機が付いています。充電器につなげるだけで、電源ケーブルを介して通信して自動的にクラウドサーバーに接続しID認証をすることができます。クレジットカードで決済する充電設備もありますが、カードだと電動スクーターに紐付かないので、誰のどのバイクに電気を転送したのか明確にならないのです。でも「ユビ電」なら、ただ充電するだけで何も考えずに電動スクーターを認証してくれます。 ID発信機のデータを電源コード経由で通信をするためにパナソニックが開発した電界通信方式の一つである「広域帯PLC技術」を使っています。電界通信というのは、握手するとお互いを認証できる人体通信として、一時期話題になった通信方式で、微弱な電流、つまり通常雑音となる領域を使って通信する方法です。特別な電波を使うと影響を解析する必要がありますが、多くのモビリティは雑音に耐えられる様に出来ていますから、後付けでIoMT化することができるのです。 近い将来、汎用的なチップで構築することができると思いますので、そうすれば劇的に安くエネルギーとそれで動くものをネットにつなげることができる様になります。それがIoMTの考え方です。

―IoMTによって利用者はどの様な新しい体験ができるのですか。

ブラウザで管理画面を開くと現在位置と電池残量で走行できるエリア(黄色の部分)を確認できる。
電動スクーターについている発信機からサーバーへ、3G網を用いて4〜5秒ごとに車両の位置情報やバッテリー残量などのデータを送っています。それらのデータを日本オラクルが提供している「Oracle IoT Cloud Service」「Oracle Database Cloud Service」「Oracle Java Cloud Service」を用いて解析できる様になっていて、位置情報と標高、下り坂での発電量等から割り出した残走行エリアの予測などをしています。 色々高度な技術は使っていますが、お客様は一切難しいことをしていません。普通に乗っているだけで、自分が今どこにいるのか、電動スクーターのバッテリー残量がどうなっているか、どこまで行けるのか、いつまでの戻れるのかが分かります。現在はこれらの情報は私たちしか閲覧できませんが、今後はスマートフォンで閲覧できる様になります。
登録されている電動スクーター。充電残量など様々な情報を見ることができる。
また電動スクーターに充電されているエネルギーは香川県で作った太陽光エネルギーだけで動いています。「ユビ電」を使うことで、どの電動スクーターに太陽光エネルギーをどれだけ入れたのかを証明することができるので、瀬戸内カレンのレンタバイクは環境負荷がとても低い乗り物です、ということが出来るのです。

―事業化によって明らかになった課題はありますか。

モビリティをネットにつなげる実験をしているところは沢山あります。でもそのほとんどは「実験止まり」。私たちは正式にサービスとしてお客様にお金を頂いて商売をしている。そこが他とは全然違うところ。だからこそ商売としての課題に直面しています。 一つは繁閑の差です。芸術祭が開催されている期間は、夏休みを中心に貸し出す物が無くなるほど、あっという間に予約が埋まります。でもシーズンオフになると全く人が来なくなります。つまり観光地でのレンタルサービスは繁閑の差が大きいため商売としては不安定ということです。 だからモビリティサービスを一つの場所に置くのではなく、サーカス団の様にイベントがある場所を転々としながらサービスを展開した方が商売として成立するかもしれないと考えています。

―今後の構想を教えてください。

豊島を1周して一つずつアートを鑑賞するには、一周20kmもあるし、かなりきつい登り坂もありますので、電動スクーターというモビリティは、お客様のニーズにぴったりなんです。しかも豊島は産業廃棄物問題に向かい合ってきた歴史もあり、環境負荷が非常に低い私たちのモビリティレンタルサービスは、島の理念にも合っていると思います。 この豊島の様に、「広い観光資源を観光客に安全に、しかも環境負荷が低いモビリティ」で楽しんでもらいたいというニーズは世界を見渡せばもっとあると考えています。実際、アジアのとある世界遺産から、このモビリティサービスを使いたいというオファーも来ています。海外であれば、『ユビ電』は電気の盗難防止対策にもなりますし、IoMTは、モビリティ本体の盗難対策にもなりますから導入メリットが大きくなりますね。私はこの豊島を出発点に世界にIoMTの事業を展開していきたいと目論んでいます。

FINCH編集部より

取材した当日、豊島は快晴で大変な猛暑。インタビュー中にある様に、この猛暑の中で島巡りをするには電動アシスト自転車は最低必要だし、電動スクーターがあればなおのこと堪能できるのは間違いない。しかも3年に一度開催される瀬戸内国際芸術祭は、回を重ねるごとにグレードアップしている。芸術作品が入れ替わるのではなく観に行く場所が増えているのだ。多くの芸術作品は空き家や廃校になった校舎を流用しているから、作品が増えるということは、少しずつ住民の理解が得られてきていることとつながる。実際多くの場所で、住民が案内役として動いている姿を見かけることができた。 全国で開催されているアートフェスの先駆けとなった瀬戸内国際芸術祭は、一時のイベントから海外にも広がる地域観光資源にステップアップしている様に思えた。今後さらなる発展をしていくには、暮石氏の様に地元が企業と手を組み共に発展させていこうという共創による取組みが欠かせない。 Airbnbを使って民泊に泊まり、IoTで武装された環境配慮型のモビリティで、国際色豊かな芸術作品を堪能しながら島巡りをする。豊島にはオープンイノベーションで変わる新しい地域の姿があった。 豊島問題(Wikipedia): 豊島総合観光開発(豊島開発)が、1975年から16年間、産業廃棄物を違法・大量に投棄・野焼きし、1990年に兵庫県警が摘発した。公害等調整委員会が実態調査を行い、投棄された廃棄物は約56万トンとされた(後に91万トン)。同委員会が調停手続し、豊島開発が住民に解決金を支払うこと、香川県が住民に謝罪し廃棄物を撤去・処理すること等を定めた調停が成立した。この調停に基づき、香川県直島で廃棄物処理中である。不法投棄現場は一般市民の立入りを禁止し、重機による産廃の掘り出しと、直島に産廃を移送するための梱包作業が行われている。 瀬戸内カレン(http://www.setouchi-karen.com/) PSソリューションズ株式会社(https://www.pssol.co.jp/) ソフトバンク株式会社(http://www.softbank.jp/

Profile

PSソリューションズ株式会社 CPS事業本部長 山口 典男氏 1987年より国際電信電話(株)(現 KDDI(株))にて人工知能応用研究・網管理技術の研究開発・事業開発、2001年より日本ヒューレットパッカード(株)にて通信業界の事業構築を担当。2006年よりソフトバンクモバイル(株)にてホールセール事業責任者としてディズニーモバイル立上げ等に従事後、ソフトバンクイノベンチャー制度を経て新規事業立上げに着手。現在、PSソリューションズ(株)にてモビリティIoT事業「瀬戸内カレン」及び農業IoT事業「e-案山子(いいかかし)」立上げに取組む。 情報処理学会会員。博士(システム情報科学)。 民泊「暮石さんち」 豊島出身の暮石氏が運営。Airbnbのスーパーホストに認定されており、暮石氏のレビューから多くの外国人が訪問していることがわかる。部屋は同じ敷地内にある離れと、白い壁と白い柵が目印のおしゃれな母屋の2階部分を貸し出している。「瀬戸内カレン」の店長をしている。 https://www.airbnb.jp/users/show/56398210

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